EU3IN 日本AAR02 – 1399-1409
2009 年 2 月 22 日 日曜日EU3INのGCで日本を始めると、史実どおり後小松天皇が日本の君主です。
前回のマップじゃ、さすがに日本近辺の状況が分かりにくいので、SSを載せておきます。


上の図から日本周辺の状況が簡単に理解していただけるでしょう。白いのは未発見の地域で、征服することも殖民することもできません
南の東南アジア地域はマレー半島からボルネオ島、マッカサル、イリアンとかが見えています。
・・・北海道が『蝦夷地』として、日本の領土かつ民族が日本人となっているのは、正直どうなのかと。
北海道の一部に日本人の支配が及んだのは戦国時代以降で、それ以前は日本の支配の及ぶところではなかったと思います。また、民族を日本人とするのも結構微妙だと思います。アイヌ人の方が妥当かと。
このような状況で、何よりも先にするべきは・・・これだ!
琉球は1プロヴィンスのみを領有している(アニミズム)国家であり、日本からすると宣戦布告ペナルティーが存在せず民族が日本人であるため、まさに『食べごろ』な国家なのです。
しかも、同盟国and独立保障国無し!これをせずして如何すべき!
・・・沖縄の人を日本人とするのは、一部の沖縄の方的は怒られる気も。まぁ、国民国家成立以前ですから、その辺を現在の感覚で扱うからこういう問題になるのだとは思います。
ゲーム内的には『天孫民族たる日本人にありながら未だに精霊信仰などという邪教を信仰している琉球は、直ちに邪教を改宗させて神道化する必要がある。そのためには戦争も止むを得ない!』と言うことなんでしょう、えぇ。
てことで琉球に宣戦布告し、全艦隊と全部隊を沖縄に投入して琉球を制圧し即併合、日本は沖縄を含む南西諸島を得た!
特にSSはありません。まぁ、国力が違いますから。
この間に、地上兵力を増強したりしましたが、琉球戦には間に合いませんでした。
そして、次の相手はこちら。
東南アジアの一角、ブルネイ。ボルネオ島の全域を領有していて、現在のインドネシアにあたる地域においては恐らく最も大きい国家です。しかしながら、Center of Tradeを持たないため、マラッカよりも収入は小さく、防備も薄いと考えられます。
さらに、何故か首都以外の全域が何故か要塞無し(Fort Level:0)=部隊の到着と同時に占領が可能になっています。こんなにおいしい相手はいません!
というわけで、サクっと宣戦布告。
ブルネイの攻城戦も含め、1年余りで全域を占領して王手詰み。首都以外の全てのプロヴィンスと、賠償金をふんだくって対ブルネイ第一回戦が終了しました。
ゲーム内的には『イスラム教などと言う邪教を信仰しているブルネイなどぶっ潰してしまえ』と言うことなんでしょう。えぇ。今言ったら殺されそうですが。
ついでに言うと中東のイスラム教は(ゲーム的に)良いイスラム教で、東南アジアとアフリカのイスラム教は悪いイスラム教です:P
(中東のイスラム教圏は技術的に進んでいるので勝てない一方、東南アジアとアフリカのイスラム教圏は技術発展度が遅いので戦争しても勝てる)
しかし、後から気付きましたが、要塞がないのは案外辛かったです。
賠償金は全てを使っても全てのプロヴィンスに要塞を建設するには足らないため、自らの資本で要塞を建設しなければいけません。万一、要塞が建設されていない、プロヴィンスで反乱が発生した場合には反乱軍が直ちにそのプロヴィンスを占領してしまい、反乱確率が無くなる年が10年延長されます。さらに、もし要塞が建設中であった場合、反乱軍はプロヴィンスを占領した時点でその要塞を破壊してしまうため、更なる資金が必要となります。
まぁ、不断の努力(Save & Loadとも言う)により、そんなに酷くはありませんでしたが、この件で学習すべきであったと今になって思います。
後小松天皇はブルネイの全てのプロヴィンスに要塞を建設し終えた後の1406年10月15日に崩御し、後小松天皇と諡号(しごう)されました
(正確には統治しているのは『天皇』であって、生前は後小松天皇とは呼ばれません。そういうのは崩御の後に追号されます。今の天皇と特に言いたい場合は、例えば『平成天皇』ではなく『今上天皇』と言いますが、まぁそんなことはゲーム的にはあまり関係ないので)。
『後小松天皇は小さな日本の侵略戦争を開始し、我が軍は成功を収めた。小さな二度目の日本の侵略戦争は1年で終わり、征服に終始した。1400年11月11日には異教徒であった沖縄が唯一にして真実の信仰を受け入れた。後小松天皇の治世においてSabah、Kutei、Banjarmasin、Sukadaneと沖縄を得た。』



